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ゴールデンウイークの神様

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 二〇二一年、四月三十日。

 一人の少年と一人の男性が、酒を飲みながらすごろくをしていた。

 自身に見立てたコマを動かして架空の人生を歩み、最終的にお金をたくさんもっていた方の勝利、というありふれたルール。

「くく、くくくくく」

 本来、二人でやってもおもしろくないはずのゲーム。だが、中学生らしき少年──金剛金治(こんごうきんじ)はグラスを片手に口をゆがませていた。湧き起こる衝動を抑えきれないかのように。

「来たよ! 僕の時代が!」

 いつだって未来を切り開くのは、何が何でも成し遂げんとする強き意思。少年は縮小された人生の盤面に、確かな意義を見出しているというのか。

 他とは違う『赤色のマス』に自らのコマを置き、金治は宣告した。

「ゴールデンウィークにたどり着いた!! ここが幕開けだ! 今この瞬間、僕の将来は栄光に輝き続ける!」

「馬鹿が。たかだか休日のマスに止まっただけで老後が安泰するわけねぇだろうが」

 大きく頬を熟させて、しかし率直に言い返すのは、休康正(きゅうやすまさ)──金治の親戚にあたる兄貴分だ。

 高級な赤ワインでも入っていそうな丸丸しいグラス。しかし康正が飲んでいるのは金治と同じ、どこぞのコンビニで手に入れた麦酒。気泡から苦味深まる香りがしているだろうに、酔っぱらっている中ではその食い違いが逆にお気に召すのだろうか。

「ふんっ! 確かに、いつだって敵は己の中にあるね。だけど、精神的なエネルギーを外に解放する必要が無いとでも? そんなことはない! 内にも外にも強ければそれは無敵と同じなんだよ!」

「はっ! 良い子は酒を飲んじゃいけないんだよ。そして、悪い子も酒を飲んじゃいけない。ひっく」

「明らかに話変えないでよ! 僕今ちょっと比喩的なの使って、わずかだけカッコいいこと言ってたでしょう! そしてそもそも酒を飲ませたのは康兄(やすにい)だ!」

 立ち上がって康正に指を突き付ける。麦酒がグラスから飛び出るが、金治はぬれてしまった手を気にも留めない。

「いい? 僕にとってゴールデンウイークっていうのは山より高く海より深い。神にも勝る尊ぶべき存在なんだ」

「五体投地する暇あったら寝て休めよクソガキ」

「なんで分かんないんだよ! それだけ大切な日ってことだよ!」

 ダンダンと足踏みすら始める金治。この場所が団地の三階であることは、とうに頭から抜けている。

「それにしても、何故そんなにゴールデンウイークにこだわるんだ? ガキにとっちゃ夏休みや冬休みの方が余程いいだろうに」

「ふっ、これだから素人は」

 セリフのわりに金治の目は、野外で遊ぶ少年のようにキラキラと輝きだした。

「夏休みなんて僕にとっては一円玉いや借金! 『ロード・オブ・ヘル』とすら呼んでもいい。だって始まってから二週間は補習になるんだもん僕バカだから。その後すぐにお盆になるけど待ちかまえているのは大量の宿題さ。でも親戚とのうんぬんかんぬんで結局やる気出せなくて、最後の方でえんえん泣きながら必死に鉛筆を動かす羽目になるんだ。冬休みも似たようなものさ。補習から始まり、年末年始は疲れ切って後は宿題。クリスマスなんてどう過ごせと言うんだいっそのこと爆発しろ! それに比べてゴールデンウイークはどう? 補習がない! これが全てさ! 気圧に悩まされることもないし、僕にとっては休める至福なんだ。これ以上のものは無いよ」

 熱舌のはてに息切れしている金治。そんな彼に向けられる、康正の生暖かい笑みがあった。

そうか。お前の言いたいことは分かった。しかしな、夏休みも冬休みも人類にとって間違いなく必要な期間なんだぜ。お前に、そう思えるようになる画期的方法を伝授してやる」

「ふん。ご高説たれても無駄さ! ゴールデンウイークに勝るものなんて──

 それは愛と信頼だ。

 金治の人生、その価値観から生み出された、五月初頭への確かな想い。

 故に、彼の胸中はいま、輝く金剛のごときバリアを張っている。目の前にいる康正がどのような言葉を、夏冬長期休暇の素晴らしさを吐いたとしても!! 立ち上がった康正に優しく肩を触れられて何故か憐れむような視線を向けられても!! 金治の心は乱されな──

「前もってちゃんと勉強しろ(笑)。ゴールデンウイーク大好きは逃げの口実だ (笑)」

「うるさいよ!! それができたら苦労しないよバーカバーカ!!」

 肩に置かれている康正の手がプルプルと震え出しやがったので、結局乱されまくって跳ねのける金治だった。

 そんな金治をせせら笑いながら、康正はやれやれと床に座りなおした。

「だいたいゴールデンウイークなんて、そんなにいいモノじゃない。お前も大人になれば分かる時がくるかもな

「ど、どういう意味だよ康兄」

聞きたいか? いいぜ。話してやるよ。『暗黒時代』と呼ばれる現実を、な」

 お酒を一口含んで、目を伏せる。

 なぜだろう。康正から郷愁の念というべきか、今まで生きてきて培ったものがあるからこそ出せるオーラを感じる。

 意図せず、ごくりと、金治は唾をのみ込んだ。

 後に発せられる康正の語りは割と呂律が回っていなくて、しかしだからこそ想いがある気がした。

「端的に言おう。世の中にはゴールデンウイークに働かなきゃいけないやつがいる。表と裏、静と動。俺がどちらの側かは言わずとも分かるだろ? 体制が強化される宿泊施設の警備員。事前に上司に気を遣うシフト希望。得られたたった一日の休日。だけどな、その僅かな至福の最中、携帯が鳴り響くんだ。『やっぱ来てくれない?』ってな」

康兄」

 康正がはじいたすごろくのルーレットが指すは6。ゴールデンウイークの架け橋を軽々と飛び越えていった。

「そんな顔をするな。ガキはガキらしく笑っていればいい。いま酒をあおっているこの俺が、まだ余力がある証拠なんだよ。まぁ、思考が内に入り込んじまっていることは分かっている。もっと他者を想える人間になりたかったぜ」

 それでも金治は視線を下げ、拳を握りしめた。

 知らなかった。自分が喝采をあげてベッドにへばりついている中、苦しんでいる人がいることを。いや、不要な情報であると頭から追いやっていた。内に入り込んでしまっているのは金治の方だった。

 どうすればいい? せめて目の前で苦しんでいる金治だけは、笑っていてほしい。

 やがて、金治は唇を噛みしめつつも、ぱっと顔をあげた。

「考えたよ康兄。画期的な方法がある」

 対して、康正はふぅっと息を吐いて、頬杖をつく。

「意趣返しか? 言っておくが仕事を辞めればいい、なんて言ってくれるなよ? この黄色いシュワシュワワインが飲めなくなっちま──

「彼女を作ってひも生活を送るんだ!!」

 文字通り『しーん』となった。静かになりすぎていっそのこと雪が降りそうだった。季節的に有り得ないこの中で、康正の口が緊急停止でぽかんとしている。金治は言いきった後で失態を自覚した。

あ、いや無理だこれごめんなさい。中学生の僕を、持ち前のファッションセンスで飾り付けて風俗に連行するアグレッシブさがあるのに、結局は美人さんへのアピール前に親に首根っこ捕まれて床を這いずり回るのが康兄だった。そのうえ同窓会で密かに憧れていた女の子に『康正ってあの頃頼りになったよね』って言われた時に、頭を掻きながら『ばか、そんなことねぇよ(照れ)』で誰得になる人だった。ごめんね、決して康兄のスペックは悪くないんだよ。胸にある勇気のベクトルとタイミングを間違えなければ。康兄ってまるで、学校にある蛇口を上向きにして指で塞いじゃうみたいだよね!! 頑張ってるのにどっか飛んでっちゃうみたな。。ひっく」

「あからさまに酔ったふりしてんじゃねぇ!! やかましいわ!! てめぇ今日は生きて帰れると思うな!! そのごまかし口調を現実のものに変えて、ひっくひくのほっくほくに変えてやるよ!!」

 直後、めんこよろしく回転したすごろくの盤面が、ちゃぶ台をも巻き込んで、金治の頭にクリーンヒット。そのまま一升瓶をぶっこまれた。

 一気飲みはダメ。そして、ここは三階。

   *

 翌日。

 五月一日。

 カーテンを閉めずに飲み明かしたことで朝日が部屋へ侵入し、金治の寝ぼけた目をつつく。

 寝返りをうつとベッドの脚に激突し、ようやく覚醒へと至った。

「康兄はそっか、ゴールデンウイークでも仕事って言ってたっけ

 毛布から抜け出し辺りを見渡すと、ひっくり返っているちゃぶ台が視界に入る。

 ちゃぶ台の裏面──その上にはラップで包まれた卵焼き。

『鶏の結晶、次世代への預託が期限切れだったからあぶっておいた』という置手紙が用意されている。

 時間もなかっただろうに世話を焼いてくれるこの兄貴っぷり、女だったら惚れてたかなと一瞬考え、しかし二重の意味で吐きかけた。

しかし!! 今日はゴールデンウイークの初日の初日!! イコール!! 休期間の残量における憂鬱が1ミリも頭をよぎらない!! はっーはっはっはっはっ!!」

 刹那、金治の咆哮に呼応するように、玄関のチャイムが跳ね上がった。

(まさか康兄、忘れ物でもしたのか?)

 その金治の予想は、玄関のドアが勝手に開いた時ですら、いやだからこそ、変わらなかった。

(だよね。勝手に玄関の戸を開けるのは康兄くらいしか──

「お邪魔するぞい、若造。威勢のいいホームシックな呼び声じゃのう。しかし、ワシは『はは』ではなく『おじいちゃん』なのでな。言ってみるがよい。『おーっじっじっじいちゃん』と。胸で受け止めるくらいはしてやらんでもないぞ」

 髭を胸のあたりまで伸ばしているわりに、頭の禿げてる仙人みたいなじじいが現れるのはどういうことなのだろう?

 仙人の爺は手を添えた長杖でとんっと、音を鳴らした。

「動揺する気持ちは分かる。しかし、どうか落ち着いて聞いてほしいのだ。わしはお前さんに救われに来たのじゃ」

「逆でしょ!? そこは『助けに来てくれる』んじゃないの!? そして別に僕は困ってなくてむしろゴールデンウイークで絶好調でむしろ今わけわかんない人に時間をそがれてそういう意味では困ってますどうぞぐるんと回ってお帰り下さい。ついでにゴールデンウイークもぐるんとまわってループをよろしくお願い致します!!」

「威勢と覇気があり結構。しかし、こちらとしても聞いてもらわねば困るのじゃ。事態を放置しておくと世界の危機に関わるのでな」

「お帰り下さい」

 まったく、何をもって見ず知らずの不法侵入者に耳を貸すというのか。一般中学生の金治はこっそりスマホを手に取った。

 しかし、急に現れたこの人は本当に何者なのか。もしや自分はいつの間にか、主人公よろしく壮大な事件に巻き込まれたのだろうか。もしくはインパクト用やられ役モブとして速攻犠牲になってしまうのか。金治は『もしも』を考えて、ぶるっと自らを震わせる。

(まぁ、どちらにしてもザ・一般人である僕は逃げの一択だけど)

 たまーにやってしまう歩きスマホ(良い子はマネしないでください)で得た経験をもとに、1と1と0を入力しきり、通話ボタンに触れようとして──

「いいのかのぉ。このままだとゴールデンウイークの存在が木端微塵に吹き飛んで、永久消滅するのじゃが。要は休みが消えるのじゃが」

 ぶううん!! と、金治はスマホを窓へ投げた。思いっきり投げた。

 スマホは窓を割り外に飛んで行った。主人のために頑張っていたスマホはきっと草葉の陰で泣いてる。

「まてやこら話を聞かせろどういうことですか仙人じじい!!」

「その意気や良し!! ようやく巡り会えたぞ。お主のようなゴールデンウイークを心から愛しているものを、な」

 ニヤリ、と老人は笑みをひん曲がらせた。のぞかせる綺麗な歯と相まって、その口が三日月のごとく輝いているのが気に入らない。加齢臭とかしてたらぶん殴っていたかもしれない。

 とはいえ、金治にとって話を聞かない選択は失せている。

「儂の名前は『土日』という。ゴールデンウイークの一端を司る神じゃ」

「名前も経歴もどうでもいいから、事情を説明してください」

「さすがに寂しい気持ちが湧くのぅ。事の始まりは、菅原道真(すがわらのみちざね)が封印から解かれこの世に解き放たれてしまったことが原因なんじゃ」

 菅原道真。

 その何かかっちょええ名前を聞き、ぶつかりそうなほどに詰め寄っていた金治の勢いが、ほんの少し止まる。

菅原道真って誰なの?」

「うむ。『誰だっけ?』くらいは言ってほしいものじゃが。お主思ったよりも馬鹿──というより勉強しないんじゃな。宿題は『全部埋めておけばいい』派か」

 馬鹿と言い捨てられるよりもグサリときたが気にしている暇はない。

「菅原道真はまぁ、詳しいことはおいおい分かるじゃろう。今はとりあえず『平安時代の貴族』『左遷させられて無念の死を遂げた』『怨霊となってかつての京を襲った』の3つだけ覚えてくれ」

「うん」

「かつての人々は立て続けに起こる菅原道真の厄災を恐れ、『北野天満宮』を建立した。崇められた道真の怨霊は怒りをおさめ、平和が訪れたはずじゃった」

「状況が変わってしまったの?」

「原因はつかめておらぬ。じゃが、何らかの外的要因によって菅原道真の怨霊は再び現世に生まれてしまったのだ」

『土日』と名乗った老人は、壁に立てかけてあるカレンダーに視線を向けた。

「菅原道真はかつて京を──平安時代の政治の中枢を祟った。そして、現在二〇二一年における政治の場は東京じゃ。道真の怨霊はここに大打撃を与えることで世に混乱をもたらそうとしておるのじゃ」

「具体的にどうするのさ。怨霊だからやっぱり人に憑りつくとか?」

「まさにその通り。政治家の大多数に憑りついて、憲法を改ざんする。そうすれば日本はとんでもないことになってしまう」

「日本国憲法を、改ざん。確かにそんなことをしちゃったら

 コトン、という音がした。『土日』が杖をもって指し示すカレンダーの場所は、丁度、ゴールデンウイークの赤い数字。

「しかし希望はある。お主もよく知っておる通り、今はゴールデンウイーク。ゴールデンウイークには『憲法記念日』がある。端的に言えば『憲法』の力が強まるのじゃ。正確には『憲法記念日の神』の力が強まる」

「憲法記念日の神様?」

「この世界には様々な祝日があるが、それぞれに司る神がおるのじゃ。とにかく、憲法記念日の神はいま、菅原道真の妨害を辛うじて防いでおる状態なのじゃ。しかしそれも時間の問題。憲法記念日の神が菅原道真によって殺されてしまえば、憲法が瞬く間に変えられてしまう」

「そんなどうすれば

「今動けるのはゴールデンウイークの祝日を司る神のみ、加えて、神がより大きな力を得るには信仰してくれる人間の力が不可欠なのじゃ」

「だから僕を

「頼む。世界の平和のために、我々に力を貸してはくれまいか。儂のことを信じてはくれまいか」

 そう言って、『土日』は金治に頭を下げた。

 手が汗ばんでいるのが分かる。だって、初めてのことだった。少なくとも金治の記憶にはなかったのだ。

 頭を下げられて本気で頼み事をされるなど。

 今までそれが無かったのは、自身が努力を怠ってきたからだ、と金治は思う。勉強を怠ってきたから。楽な方向へ進むことばかり考えてきたから。

 だが、もし自分でも何かの役に立てるなら──

 ふつふつ。ふつふつと。

 胸に熱いエネルギーが螺旋のように巡っていくのを感じた。

 言うべきことは決まっている。金治は口を嚙みしめ、土日に対してはっきりと答えた。

「いやです」

 彼は思う。誠実に頭を下げられたからこそ、生半可な返事をすることはできないと。

 いきなり見も知らぬ人が押しかけてきて、いきなり神だのなんだの言われて、あげく世界を救えという。

 相手の強い想いが伝わってきても、脳内キャパのぶっ飛びには敵わない。

だけど」

 たとえどんなに信じられないことだったとしても、ただ一つだけ、譲れないものがある。

「だけど、もしゴールデンウイークが粉々に破壊されて、消えてなくなってしまう可能性が一ミリだって存在するのなら──僕が動かない可能性は万に一つもあり得ない」

『土日』も言い直したが、金治は馬鹿ではない。長年抱き続ける自身の信念に基づき、進む道を定める。そういう力をもっている。

 昨日の飲んだくれた姿はどこへやら。しっかりと地を踏み立ち上がる金治の瞳には真っ直ぐな光が走っていた。

 そこに確かな愛がある。

 何年にも渡って自分を癒し続けてくれた休日たちへの愛が。

「たとえ世界が滅んですべての人類が消滅しても、ゴールデンウイークさえあればいい」

 金治は『土日』に手を差し出した。頭を上げた『土日』は握手で応える。金治は『土日』の、『土日』は金治の、顔に宿る想いを感じていた。

「やはりお主は、我らが見込んだ通りの男であったよ」

   *

 家から電車で揺られること一時間。

 向かった先は政治の中枢区である東京。しかし、国会議事堂おりたつ永田町ではなかった。

「日本を、ひいては世界を守るためには、道真の怨霊を倒すしかない。だが、儂とお主で挑んでも勝ち目はない。今は戦力を整えねば」

『土日』に案内されてたどり着いたのは、港区芝公園。

 草木おりなす緑の絨毯を駆け巡り、自然の香りがこちらまで届いてくる。顔を上げれば、赤く大きな東京タワーが空に向かってそびえ立つ。

「ここに『こどもの日』の神様がいるのか?」

「ああ、東京タワーの麓まで向かうぞ」

 前を進む『土日』の歩きはとても軽快で、杖が何のためにあるのか分からないほどだ。みちみちとした健康が伝わってくる一方、運動不足な金治には少々きつかったりした。

 衣服をはためかせる彼は言う。

「今年のゴールデンウイーク。東京タワーでは、『鯉のぼり』の祭りが開かれておるのじゃ。東京の中で一番『こどもの日』のエネルギーが満ちている場所といってよい」

「これって

 やがて、タワーの真下にたどり着いたとき、金治はその光景を目にした。

 (こい)だ。数え切れないほどの鯉だ。

 様々な色をまとった鯉が、風に乗ってはためいている。天を目指すその姿は、まさに圧巻の一言に尽きた。

「じきに『こどもの日』は姿を現す。しかし金治、その前に予め伝えておこう」

?」

「『こどもの日』は決して子供ではない」

 金治は『土日』の言葉を反芻するが、いまいち意味が分からない。

「それはあれ? この世の心理を解く哲学的な何か? 悪いけど僕、アイキューが高くないからそういうのはちゃんと教えてもらわないと」

 時間が押しているなら尚更、という意味も込めて金治は首をかしげる。しかし、それでも『土日』の表情は大きく切り替わらない。

 その直後、ぽんっ、と。

 後ろから、金治の左肩に手の置かれる感覚がした。

(『こどもの日』の神様だよね。さてさてどんな子なのかな?)

 個人的にはちんまりとした可愛らしく微笑ましい女の子を所望する。羽子板とか持っていたらさらにポイント高いかも。などと言う期待を込めて金治は振り返ったのだが──

「うっす。おいら『こどもの日』だ。よろしく。うっすうっす」

いや誰だよ」

 まず目に入る、というより圧倒されるのは身長二メートルに届かんばかりのその図体。胴体や四肢がこれでもかというほどに膨張していて血管らしきものがピクピクと脈打っている。五月上旬のこの時期には合わない体操服を身に着けているが、なんかサイズがあっていないのかこちらもギチギチと悲鳴を上げている。

 極めつけは、般若の面をかぶったかのような鬼の表情。

 そんな恐ろしいような何かが、『むんっ』とでも言いたげに両の腕を折り曲げて、筋肉ポーズを見せつつ、『うっす』を口癖のように放つ。

 金治はとりあえず深呼吸をした。もう一度、深呼吸した。

「とりあえず『こどもの日』という『概念』に謝ったらどうかな?」

 一体何がどうなったら、この筋骨隆々な大男が『こどもの日』になるのか。

 そばにいる『土日』もまた小さくため息をついた。

「我々のような神は、時代の流れや、今いる人々の想いに大きく影響される。今年は『二〇二一』年。語呂合わせで考えると『仁王兄』となる。つまりこやつの姿は『仁王の兄さん』なわけじゃ」

 二〇二一 → におーにい → 仁王兄 → 仁王の兄さん。

「こじつけにも限度がありすぎるでしょ!!」

「納得できない気持ちは分かる。しかし、我ら神にとって『数字』の影響は計り知れんのだ。この世の万物は数字で表せてしまうが故にの」

「『仁王』って筋骨もりもりの象徴か何かでしたっけ!?」

「子供たちの密かな想い──たくましい身体つきを経て、異性の興味を引きたい。幼馴染の女の子が好き。保育園の先生が好き。逆もまたしかり。しかし努力するのはなかなか難しい。そんな子供たちの理想が体現されておる」

「現実の子供ってそんなでしたっけ!?」

 納得がいかず頭を抱える金治だが、『土日』が急かすように『こどもの日』に問う。

「菅原道真を倒さねばならん。協力してくれるな?」

「うっす。でも、ちからをつかえなければ、いみがない。うっすうっす」

 そう言うと、『こどもの日』はムキムキとしていた両腕を前に出した。いわゆるファイティングポーズ。

 金治は『土日』に解説を求めた。

「つまり『こどもの日』と戦ってくれということじゃ。戦い方を知らねば話にならんのでな。今から儂は人払いの力を使う。休日を司る神なだけにこういうのは得意でな。周りに被害が及ぶことはない」

 金治は改めて『こどもの日』を視界に入れる。

 二メートル。

 ムキムキ。

 般若。

「お断りだよ。いくらなんでも勝ち目がな──

「ゴールデンウィーク」

「やるよ。やります。やらせてください」

 時間かからず、周りにいた人たちがぞろぞろと離れていった。

 金治もまたファイティングポーズをとる。ひょろっこい細腕にも拘わらず、潜在意識が肉体を活性化でもさせているのか、その姿はなかなか様になって見えた。

「いくよ。覚悟はいいよね」

「うっす」

 東京タワーの真下はすでに決闘の場。しーんと静まり返る中、鯉の泳ぐ音だけが波打つ。 

 一触即発の最中、戦いの幕はきって落とされた。

「うっす!!!!!!」

 直後、『こどもの日』が飛んできた。空気を切り裂かんほどの圧力。さながら人肉ジェットコースター。

 丸太のごとき腕が振りかぶられ、対する金治は両腕を使ってそれをガード!!

「んぎゃっっっ!! ふべらばっ!! んごほっうう!!」

 できたら苦労はしない。

 肉の丸太は見事に腹に命中し、金治は十メートル以上吹っ飛ばされ、東京タワーの根元に激突した。

 金治はぴくんぴくんと痙攣をおこしながらも、腕を支えに何とか立ち上がる。

「やるね! さすがは神様なだけはあるよ。戦いがいがあるというもの!」

 血反吐を吐きながらも、威勢だけはよい。

 両腕をもがれようと立って走る。首一つになろうと嚙み砕く。

 不思議な気持ちだ。

 これが愛しい子を守(ゴールデンウイーク)る父の気持ちか、あるいは、愛する恋人を(ゴールデンウイーク)守るナイトの気持ちか。金治の心は折れそうにない。

 そして、彼はようやく気が付く。

 電車に跳ねられるほどの衝撃を受けたにもかかわらず、自分がまだ生きているという事実に。

「儂との繋がりによるものじゃ」

 後ろから戦闘を見守っているであろう『土日』の語りを聞く。

「ゴールデンウイークを愛するお主の想いを儂が受け取り、エネルギーへと昇華させた上で還元する。要は今のお主はちょー強くなっておるということじゃな」

「滾る。これが僕の力!!」

「調子にのってぽっかり死なぬようにな」

 力を得たとはいえ、それは単純な膂力や耐久力の話。突如、頭の中にケンカ殺法の知識が入り込んだとか、まぁとにかく技術的な面は向上していない。加えて金治は長期休暇にひたすら休む。そういう男だ。

 つまり、金治ができる一番の行動とは。

 この沸き起こる力をただただ思い切り振るうこと。

 足を踏みしめ、左手を前に、握りしめた拳を後ろに、顔を上げて『こどもの日』をまっすぐに見据える。

 そして!! 全身にみなぎらせたエネルギーを握りしめた右拳に集約!!

 神を宿した全力の一撃のために!!

でも、おいらのきんにくには、かてない。まっすぐでは、かてない。うっす!!」

『こどもの日』は金治とまったく同じ体勢をとる。だというのに威圧感が半端ない。体操服の上着がほんとにビリッ、とはち切れた。

「ふぅ

 息を吐く。一寸先はビックバン。

 だが、それがどうした。何度でも金治は誓う。ゴールデンウイークさえあればいいと。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」

「うっす!!うっす!!うっす!!うっす!!うっす!!うっす!!うっす!!うっす!!うっす!!」

 刹那、お互いの拳が激突した。

 ビリビリビリビリゴギギギギギ!! と電撃の走るような音が広がる。それは力の衝突であり摩擦であり拮抗であり、そして爆発。

 金治の目に『こどもの日』の驚愕に満ちた顔が映る。

「この、ちからは!!」

「『こどもの日』よ。見誤りすぎじゃ」

『土日』の声がかすかに聞こえる。金治はその声音ですら内に吸収して、力に変換する。そんな気持ちでいた。

「金剛金治という繋がりを得れば理解する。彼のゴールデンウイークへの想いは、ただの『好き』に収まらぬ──という領域すら当てはまらんのじゃ。『好き』で駄目なら『愛』の力を、『愛』で駄目なら『仁』の力を、『正義』の力を。それでもだめなら『父性』を『母性』を。『激情』や『哀情』も積み上げて。何もかも駄目なら『欲情』すらしてのけて、ゴールデンウイークを守るために戦う」

「いってる、いみ!! ふめい!!」

「つまりじゃ」

 次第に、ぐぐぐぐ、と腕が前へ前へと進んでいく。山を拳一つで移動させているようなとびぬけた感覚。

「こやつは────強いにもほどがある」

 直後、ぶっ飛ばされた『こどもの日』は風のように吹き飛んで、地面をゴロゴロと転がっていった。

   *

「吹っ飛ばしちゃったけど大丈夫だよね」

 金治は気軽に『こどもの日』に手を差し出す。

「僕の知っているゴールデンウイークは──『こどもの日』は、この程度で終わるような神様じゃないよ」

「まいった。おまえのおもいに、もっともたかい、そんけいを」

 固い握手をかわす『こどもの日』と金剛金治。同じく傍らで微笑んでいた『土日』が、その上に両手を置く。

 一方通行ではない『絆』がそこにはある。

「さて、戦力もそろったことじゃ。菅原道真を倒しに行くとしよう」

「え、いいの? まだ『みどりの日』や『憲法記念日』が。そういえば、道真に狙われている『憲法記念日』の神様は今どこにいるの?」

「それはじゃの」

『土日』が会話を続けようとしたその時──

──うわっ!! 地震!?」

「いや、違う!! これは『みどりの日』の!! いかん!! スカイツリーが!!」

「スカイツリー!?」

 何かが拡大していくような、それでいて耳をつんざく不気味な、ひしゃげるような音がして、金治はその方向へと振り返る。

 声が、おもわず漏れた。

な、にあれ

 その恐ろしい光景に、心が止まりかける。

 見たままを話すなら。

 日本最大の空の塔が、巨大な大樹のような何かに呑み込まれているように見える。

「うわあああああ!! なんだあれは!?」

 東京にいる人々の阿鼻叫喚に、今さらながら気づく。

「これは夢なのか!! どうなってるんだ!!」

「ママー!!」「だいじょうぶ。お母さんがいるからね!!」

「超常現象だぜヒャッハー!! 動画に収めねぇ道理なし!! ネットにあっぷあっぷあっぷだぜ!!」

 さっきの『こどもの日』との戦闘時には、『土日』の力で周りの人がいなくなっていた。でも今は、あまりに規模が大きすぎるせいだろう。とてもじゃないが状況の連鎖を止められない。悲劇がすべてを覆いつくすまで止まらない

 金治は叫ぶ。

「あれをやったのは『みどりの日』の神様なの!? 『みどりの日』だって菅原道真と敵対しているんじゃないの!?」

「もちろん道真と敵対しておる。だからこそあの姿にされたのじゃ。スカイツリーをよく見よ。たくさんの緑色の実が成っておる。あれは梅に違いない」

「どういうこと!?」

「菅原道真は生前、梅の花を愛しておった。道真の和歌には梅を詠んだものが多くある。加えて、道真が京で育てた梅は、左遷させられた道真を追って太宰府まで飛んで行ったとすら言われておる。つまり、スカイツリーを取り巻く梅の大樹は、『みどりの日』が道真に支配されてしまったことを意味しておる」

「そんな! そんなことになったら、僕の『みどりの日』が!!」

 しかし、狼狽しかける金治の肩におかれる大きな手があった。

「まだ、だいじょうぶ」

 少し怖くもあった般若の顔が、今この時は頼もしい。

「みどりのひ、しんだわけじゃない。それに、けんぽうきねんび、まだ、やられていない。にほん、まだ、だいじょうぶ」

「そうだ! 結局、『憲法記念日』はどこにいるの?」

「ん、ここ」

 その大きな指先は、ある一点を指した。

?」

 文字通り金治の頭に疑問符がわく。

 だって、『こどもの日』が指し示したのは、指し示した者は──『土日』だったのだから。

「ごめんね。実は私が『憲法記念日』の神様なの。ちなみに、二〇二一年の憲法記念日は──五月三日」

 突如、『土日』が光り輝いたと思ったら、まったく別の姿に変化した。

 しわがなくなり、髭が消えた。代わりに生まれる綺麗な肌。丸みを帯びた女性の姿だ。

 頭に巻かれている白いバンダナ。上下一着な青の服にはたくさんの汚れが付いている。だというのに、汚い印象は皆無で、むしろ歴戦の聖女のごとき貫録を思わせる。そして、背中にしょっているのは大きな籠。

 端的に言えば、街の清掃をする綺麗なお姉さん、といったところか。

「『土日』の神様と入れ替わることで、君は敵から身を隠していたの?」

『憲法記念日』の女性は頷き、スカイツリーを見据える。

「二〇二〇年、つまり去年の憲法記念日は『日曜日』だった。その名残を利用して私は『土日』の神様に変身していたの。もし今が二〇二〇年だったら、『土日』の神様と完全に同化していた。今が二〇二一年だからこそできた特殊な入れ替わりなの」

「な、なるほど?」

「とにかく、さっきのおじいさんは私の仮の姿。今すぐスカイツリーに向かいましょう」

「待って!! 道真が狙っているのは君なんでしょ!? 危ないよ!! 憲法記念日が無くなったら、僕の精神が崩壊する!! ついでに君が心配だ!!」

「あははは!! それなら何一つ問題はないわね」

 危機的状況下にある中で、笑みを浮かべる『憲法記念日』は美しくて、自然と引き込まれた。

「君のゴールデンウイークへの愛は、私を守れないほど弱々しいの? いいえ、そんなわけないわね」

 そうだ。そしてこの瞬間、笑みを浮かべるのは金治だって同じだ。

 問いの返事に飾りはいらない。

「当たり前だよ!」

 金剛金治。『こどもの日』。『憲法記念日』。

 一行はスカイツリーの梅の大樹へ──最終局面へと向かう。

 菅原道真と決着をつける時がきた。

   *

 頂上決戦。

 その言葉がこれほど相応しい状況はない。

 金治がたどり着いたのは、スカイツリーの麓ではなかった。

 大樹の頂上だった。

 あまりにも大きすぎる枝や葉が、この場にいる者に緑の大地を与えているのだ。雲を超えた先にあったのは、彼方まで広がる青空。吹き踊る風が金治の服をためかせ、頬を撫でる。

 今まで以上に圧倒された。

 そして、心地よかった。

 ゴールデンウイークの始まりの日に、この凄い世界に立てたことを金治は嬉しく思う。

(だけど、悠長にしてはいられない)

 待ち構える者がいる。

 とんでもないエネルギーを感じる。まさに世界の危機の元凶。

「ようやく私の前に現れたか。待ちくたびれたぞ。『憲法記念日』よ」

 着物と浴衣を合体させたような平安時代っぽいかもしれない服(金治の主観)。頭には丸い何かが飛び出た帽子っぽい何か(金治の主観)。そして手に握っているのは、丸くて太くて固そうな何か(『しゃく』だよ金治)。

 菅原道真。

 ゴールデンウイークを壊そうとする金剛金治の宿敵が眼前にいる。

「道真!! 僕の名前は金剛金治!! 世界で一番大切なゴールデンウイークを守るためにあなたを倒す!!」

 道真はその宣誓に対して、「ふん」と鼻を鳴らした。

「ずいぶんと、ひん曲がり尖った人間を味方に引き入れたようだな」

「ええ。これほど頼もしい人間は他にいないと自負しているわ。身を守らなければならない『憲法記念日』である私がここにいることがその証明」

うっす」

 金治と『こどもの日』が前衛を、『憲法記念日』が後衛を。

戦いはもう始まっている。

「神は人の信仰をもって強くなる、か。忌々しい」

 対して、道真は戦う構えをとらない。一体何が道真に余裕を与えているのか。彼はさらに言葉を続ける。

「しかし、まさか忘れてはいまいな? 私が怨霊であるということを」

 直後、金治の視界に入ったもの。

(なんだ? 道真の後ろに、誰かいる?)

「私が世界を滅ぼすほどの力を得たという意味を。そんな私が呼び寄せられた事実を!!」

 ぼんやりと視界に入っていたそれが、前へ出てくる。

 嫌でもはっきりと認識させられる。

「まさ、か

 怨霊の力の源は負のエネルギー。誰かを憎む想い。誰かを恨む想い。もし『誰か』の負の想いが道真を呼び寄せたとするならば、その者は道真と同じように、国を治める政府を憎んでいるのか。

 否、そうではなかった。

 統治のすべてなどという抽象的なものではなく、もっと直接的な憎しみと恨み。

「そこまでゴールデンウイークを!!」

 金治は顔をゆがめて、悲痛の叫びをあげる。

「ゴールデンウィークを恨んでいたのかよ!! 康兄(やすにい)いいい!!」

 休康正(きゅうやすまさ)

 菅原道真のそばにいる人物こそ、金治の紛れもない兄貴分だった。

「久しぶりだな、金治。いや、昨日会ったな。飲み明かしたから正確には今日になるが」

 軽快そうに返事をする康正は、しかし、目が笑っていない。

「ゴールデンウィークが生き続けるか。それとも消滅するか。この戦いで決着をつけよう」

「まってまってくれよ康兄!!」

「飲み明かした時に、俺がゴールデンウイークを良く思っていないことは話したはずだが?」

「そうだとしても!! いくらなんでも、僕のゴールデンウイークを殺さなくたって!!」

「お前には分かるまい。それでも、はっきりと言ってやる」

 康正は両手を大きく広げ、事の大きさと、抱える想いの強さを示してくる。

「休みがないのは辛いんだ」

「康兄

「俺だって、休んで、彼女作って、彼女造って、彼女創って、『彼女突く』って、どんな気分なんだろうな

ええと」

「だがそれは敵わない」

 歯の食いしばり、息の漏れる音が聞こえた。

「そんな『休み』ならば、滅ぼした方がましなんだよ!!」

 金治は感じ取ってしまった。認めざるを得なくなっていく。康兄は何だかんだで金治の愛するゴールデンウイークを受け入れてくれているのだと思っていた。

 だが、そうではなかった。

(康兄は本当にゴールデンウイークが嫌いなんだ

 悲しみのあまり、金治は視線を下げそうになった。

「いーや、お前はやはり何もわかっていない」

 が、直後の康正の否定に、顔を上げさせられた。

「かかってこいよ、金治。俺がどれだけゴールデンウイークを嫌いなのか。この戦いで証明してやる」

 もはや、状況は止められない。

 相容れない二つの想いが、今ぶつかろうとしていた。

   *

 瞬間、康正の姿が消えた。

「な!!」

「おせえぞ!!」

 懐まで潜り込まれた直後、振りかぶった康正の拳が見える。だがそれはフックに見せかけつつ、回転を利用したタックルだった。

「菅原道真は学問の神としても知られている。一通りの戦い方が頭にこびりついているのさ。実際にできるかは別の話だが猪突猛進バカには対処できる!」

「があああああああああ!!」

 突撃をもろに食らった金治は遥か後方まで吹っ飛ばされる。何とか立ち上がりはしたが、金治の表情はすぐれない。

「おいおい拍子抜けだな。まさか俺が相手だから戦いにくい、なんて言わないよな?」

 金治は見てしまう。直後、康正がこちらから視線を外して、『憲法記念日』を標的に定めてしまうのを。

「お前の想いがそんな紙切れ以下のグズグズしたものだっていうなら──とっとと潰して終わらせるまでだ!!」

 康正がとんでもない速さで『憲法記念日』に攻撃をしかける。戦闘が始まってすぐに起きてしまった劣勢という危機的状況。

 しかし。しかし!! ここで終わるはずがない。

「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 金治も消えた。とんでもない速さで消えた。

 直後生まれる、ゴ・ガ・ッ・ッ・ッ・ッ・ッ・ッ!! というとてつもなく鈍い音。目には目を歯には歯を。金治の音速タックルが康正にクリーンヒットした。

「康兄だろうと何だろうと!! ゴールデンウイークを殺そうとするなら倒すまでだ!!」

ふん。ようやく本気になったか」

 しかし、もろに当たったはずなのに、康正に大きな変化はないように見える。

 歯を食いしばる金治の肩に、再び置かれる大きな手。

「おいらも、たたかう。ひとりじゃない」

「『こどもの日』!!」

「うっすぅぅぅうううおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」

 高層ビル顔負けの跳躍──からの、かかと落とし!!

 無数の葉や枝が霧散した。大樹の表面にクレーターが穿たれたのだ。

(これが神様の全力の一撃!)

 『こどもの日』の頼もしさは直接対峙した金治が誰よりも分かっている。彼の本気の本気をまともに受けたなら、さすがの康正も無事ではいられないはず。

『こどもの日』、か。外見についてツッコミたいところだが、とりあえずは置いておく」

 なのに、だというのに。

 なぜ康正は筋肉馬鹿のかかとを、その手のひら一つで受け止めているのか。

「そして、代わりに言わせてもらおう」

 康正は『こどもの日』に向かって、故郷に想いを馳せるような遠い目をしつつも、直後──

「ガキなのに戦いに参加するとはどういうことだああああああああああああ!! 子供は子供らしくどっかで遊んでしっかりおねんねしてろ!! 『児童暗黒時代』なんて俺は認めねえええええええ!!」

 なんかすんごい気合でもって、『こどもの日』を吹っ飛ばした。『こどもの日』は気絶してしまう。

「『こどもの日』いいいいいいいいいいいい!!」

 筋肉もりもりだけど、一応こどもな神様の戦闘むなしく、彼は負けてしまう。泣き叫ぶ金治。そんな金治に冷たい視線を向ける康正。

「見損なったぞ金治。これからの世代を担う未来ある『こども』を、戦いに参加させるなんてな」

「違う! 僕は!」

 今まで常にあった自身の強き意思。しかし、金治は混乱する。自分の声に勢いがない。

「結局さ、金治。お前の想いは『自分』にしか向いてないんだよ」

「え

「ゴールデンウィークが好きなのは良く知っている。だけどお前は同時に、辛い想いをしている人を見ないふりもしているのさ。『押し付け』なんだよ。その想いに正義はない」

「くっ

「俺自身が童貞だからこそ分かる。誰かのためじゃない力なんて儚いのさ」

 康正がこちらへ一歩踏み込んでくる。金治は一歩後退してしまう。

「まぁ、恨みで動いている俺には言われたくないだろうがな。しかし、それでもお前は負けるのさ。だって、同じ独りよがりでも、俺のゴールデンウイークへの恨みの方が強いんだからな」

「そんな、ことは

 ない、とはっきり言えなかった。

 いや、確かに金治はゴールデンウイークへの想いに関しては誰にも負けない。しかし、そこに正当性はない、と認めてしまった。

『強さ』以外に何もない。自身の『強さ』の弱点を、横から突かれてしまったのだ。側面から衝撃を受けた刃は脆い。

「ふん。どうやらお前はここまで、か」

 康正の嘆息が聞こえた。

「俺の勝ちだ」

 だめだ、と金治は思う。それでも、ゴールデンウイークだけは死なせない。だから、金治は『憲法記念日』の間に割って入る。たとえ自分が死ぬことになったとしても、大切なものは守らなきゃいけない。それが、独りよがりだったとしても。

 ──その時。

「金治。しっかりして」

 後ろから金治の耳に触れる、透き通った『憲法記念日』の声。

「独りよがり? そんなわけないでしょ。そんな領域じゃないでしょ?」

どういう、意味?」

「分からないなら、分かるようにしてあげる。しっかりとイメージしなさい。その時、あなたならどうするのか」

『憲法記念日』は問いかける。その言葉は金治の身体に、まるで水のように溶け込んでいった。

「もし、ゴールデンウイークを嫌いな人が目の前にいる。あなたはどうしたい?」

僕、は」

 康兄を倒したかった? 康兄の考えを否定したかった?

 ゴールデンウイークという力で他者を虐げたかったのか?

(違う。絶対に違う!!)

 だって、金治はずっと康兄を兄として慕っていたのだ。いつも仕事で疲れている優しい彼には、彼女でも作って、幸せになってほしい。そう思っている。

(そうだ。『憲法記念日』の言う通りだ。どうするかなんて、初めから決まっているじゃないか!!)

 自分の心を知ったその時、立ちふさがっていた霧が晴れた。進むべき道は、はっきりと前に続いている。

 後ずさりしていた足が、とんっ、と一つ進んだ。

「康兄。ごめん」

ん?」

「確かに、直前までの僕は自分のことしか考えていなかった。ゴールデンウイークで苦しい想いをしている人がいる。それが現実なんだよね」

 だったら──、と金治は言葉を放つ。

「康兄がゴールデンウィークを大好きになれるようにする。僕はそういう男になる」

 これはまさしく、金剛金治の心からの誓い。

 ゴールデンウイークをただ押し付けるつもりはないのだと。

「ふ。それは無理な話だ」

 康正は冷徹だった。

「ゴールデンウィークで幸せになる? 人類が全員休暇をとってしまったら、それこそこの世界は滅亡するだろうが。言っちゃなんだが、俺はゴールデンウイークに働くことで社会に貢献しているんだよ」

「だったら僕は、康兄が仕事から帰ってきた時に、少しでも嬉しい気持ちになれるように、これからご飯を作って待っているよ」

、なに?」

「風呂も沸かしておこう。マッサージもしてあげる。でも男である僕の力だけじゃ足りないだろうから、知り合いの友達にあたって、康兄に相応しい彼女を探してみる。やっぱり家で待っていて癒してくれる、支えあえる人は大切だよね。それから康兄が楽に働ける仕事とか、楽にくつろげる家とか、色々探してみるよ。仕事で疲れてやる気が出ない分、僕が色々と動いてみるよ」

そこまでされる筋合いはないが?」

「ううん、知らないよそんなの」

 金治は軽く首をかしげた。きょとん、という擬態語が良く似合う。

「綺麗ごとばかり言ったから戸惑わせちゃった? だったらちゃんとはっきり言うね」

 満タンになるまで息をすった。空気がとてもおいしかった。

「ゴールデンウィークが辛い? だったらどんな手を使っても強制的に幸せにしてやる」

 根幹なんて変わらない。結局ゴールデンウイークが大好きなのだ。

 だから、ゴールデンウイークで苦しむなんて認めない。目の前にそんな人がいるならば、徹底的に駆逐する。

 ただ、それだけのこと。

「はっ、無理があるな。ゴールデンウイークに飯なんて作ってたら金治、お前は休むことができないじゃないか。お前がそれを許容できるとでも?」

「ご飯は作り置きしておけばいい。風呂は僕も入るから問題ない。貯金くずしてマッサージ機を購入しよう。僕の彼女のお姉さん、今フリーなんだ。今度紹介するね。とりあえずそのお姉さんに養ってもらって。これで仕事問題も解決だね」

お前彼女いやがったのか。爆ぜろや」

「『ゴールデンウイークはお互いに休もう』と笑って提案してくれるエンジェルだよ。とにかく、やろうと思えば何だってできる。僕がゴールデンウイークに休めない道理はない」

 言うべきことは言い終えた。

 後は野望を果たすだけ。

 足を踏みしめ、左手を前に、握りしめた拳を後ろに、顔を上げて、康正をまっすぐに見据える。

 全身にみなぎらせたエネルギーを握りしめた右拳に。

 神を宿し、己の意思を昇華させた全力の一撃を放つために。

「やってみろよ康兄。今この時も、僕よりもゴールデンウイークに対する想いが強いって言うなら、僕の一撃を受け止めて見せてよ」

「金治

「ま、僕の方が強いけどね」

「きんじいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!」

 直後、二つの力が激突した。

 勝利の女神は、ただひたすらに愛している者に向けられた。

   *

ふぅ」

 金治は倒れた康正を見つめる。命に別状はないはずだ。そんな気がする。たぶん。

「金治、さすがだったわね。でも、まだ戦いは終わっていないわ」

 金治は康正から視線を移す。

 そう。金治が休むはずだった今日、戦うために出かけることになった元凶。

 菅原道真。

「やれやれ。ゴールデンウイークを恨む者の力。少しは期待していたのだが所詮はこの程度か」

「康兄をばかにするな。康兄は、トランポリンの上を何となくぴょんぴょん跳ねてるような男だけど、それでもいずれは彼女が強制的にできる男なんだ」

「お主も馬鹿にしておるように見えるがまぁいい。次は私が相手になろう」

「悪いけど負けないよ。負ける気がしないんだ」

「そうか。奇遇だな。私もこの状況に飽きているところだ。一撃で終わらせることにしよう」

 刹那、菅原道真の身体が、倒れている康正に入り込んだように見えた。

「康兄に憑りついたのか!? 康兄!!」

「私は悪霊。人に憑りつくことで本領を発揮する。そして、私はかつて京を壊滅に追い込んだ」

 ──厄災をもってして、な。

 康正に憑りついた道真がそう呟いた。

 嫌に耳にこびりつくその声を振り払うように、金治が顔を上げた時──

「うそ、でしょ!?」

 端的に見たままを言えば。

 天が引き裂かれていた。

 穿たれた大きな亀裂の先に、この世のものとは思えないエネルギーが集約されているのを感じる。たった一人の悪霊がここまでの力を生み出してしまえるものなのか。

「最初からお前たちは私を侮りすぎている。私は、かの(みかど)すら滅ぼし歴史を変えた。世界という枠組みに至る天災なのだ」

「道真!」

「ああそれから、言っておくが私の望みは東京の滅亡。つまり、お主のように無意識に力を制御し、東京を守るなどということはしない。わかるか? この一撃で東京を壊滅させると言うておるのじゃ」

「くっ!!」

「さらばじゃ人間、そしてゴールデンウイークの権化ども。今この時をもって日本の歴史は了とする」

「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 直後のこと。

 世界を覆いつくしていたスカイツリーが比喩でなく、真っ二つに切断された。

   *

 道真の攻撃は、この世の創造主がもたらす奇跡と相違ない。

 平安時代、道真は京を恨むあまり数々の天災を起こした。しかし、個人の感情だけで、君臨する大地を揺るがし、深海を荒立たせる力など、さすがに得られない。

 つまり、道真の天災は、膨大なエネルギーがもたらしたものではなかったのだ。自身の力は少なく、だがそれでも目的を果たさんとした道真は、人ではなく空間を呪うという方法を見つけ出した。

 そうすることで、その時代にとっての『天災』が起きる。

 現代がたとえ、科学が発展して数々の脅威が拭い去られた状態だったとしても、それに見合う天災が起こってしまう。

 その結果が、『天の割れた神のいかずち』。

 つまり、いくら金治の想いが強くても、世界という高次元の悲劇はどうやったって止められない。

ばかな

 だからこそ、絶対の確信があったからこそ、道真は驚きを隠せなかった。

 出された被害が、スカイツリーの崩壊程度に留められた事実に驚愕した。

「守ったというのか。東京にいるすべての人々を。たった一人の人間が

 それではまるでこの人間が、この人間のゴールデンウイークに対する想いが、文字通り時空の領域を超えているということではないか。

「僕だけの力じゃない。なめているのはあなたも同じだよ菅原道真。僕の力は決して『個』じゃないんだ。いや、やっぱり今のセリフはなしで。こう言ったほうがカッコいいよね」

 崩壊したスカイツリーの中心で、全身傷だらけになりながらも、そこにはしっかりと大地に根を生やす若者の姿があった。

「ゴールデンウイークが世界ごときに負けるはずがないでしょ?」

 ずんっ、と。

 ゆっくりで、確実な一歩で、道真と金治の距離が詰められる。

「くっ、かくなる上は」

 後退する道真。逃亡をはかるしか手段はないと考えた。

 だが、それは叶わない。

 道真の全身に無数の枝葉がまとわりつき拘束する。

「これは大樹の枝によるものか!! 『みどりの日』めええええええ!!」

 スカイツリーの大樹は『梅の木』だ。要は、もともと道真が『みどりの日』の力を逆に利用して作り上げた牢獄。だが、スカイツリーが破壊された今その効力は弱まった。つまりこの拘束は『みどりの日』本来の力。

 となれば、道真のとる行動は。

「拘束ごとすべてを破壊する!! もう一度『神のいかずち』を放つまで──

「さすがにそうは問屋がおろさないわよ」

 透き通る声が突き抜け、耳へと溶けて染み込んでくる。

「清掃員の格好をしているからって忘れてるでしょ。私が『憲法記念日』の神様だってこと。世界を滅ぼそうとする悪行を断罪する!! もっともこれは生前の人間に対するもので、日本国憲法のなかった平安時代の人にはもっと効果がない。でもだとしても!! 牢獄よろしく一瞬動きを止めるくらいはわけないのよ!!」

 ビタッッッッッ!!!!!! という停止を嫌でも思い知らされる。動かない!! 動けない!! 力を行使できない!!

 そして──

「今だあああああああああああああ!!!!!!」

「うっす!!!!!!」

 意識を取り戻した『こどもの日』が、金剛金治を担いでいるのが見える。

 そして──その剛腕、剛力から繰り出されるは人間砲台。光の速度で一直線にぶっとんでくる金治の姿!!

「ぐっきさまらあああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

「ゴールデンウィーク万歳いいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!」

 勝敗は決した。

 道真の断末魔と金治の咆哮はどこまでも天高く轟いていた。

   *

「どうやら終わったようじゃな」

 金治の真横から声がした。

 緑色を基調としたアンティークな衣服をまとう老婆の姿がある。

「おばあさん、あなたが

「ああ。私が『みどりの日』だよ。こんなよぼよぼな姿で恐縮だがね。最後しか加勢できず、すまなかった」

「世界で一番美しいおばあさんです」

「光栄だね」

 一行は視線を元に戻す。その先には倒れた菅原道真と、そして、休康正がいる。

「これからどうするの?」

「安心しなよ。殺したりするつもりはない。彼は特にね。菅原道真も力を失っておる。もう悪さをすることはできまいよ」

「そっか。でもスカイツリーが壊れちゃったね。たくさんの人が悲しむことになってしまった」

「それについては問題ないわよ」

『憲法記念日』がにこやかにほほ笑む。

「でも、今はその話は後にしましょう。それよりも金治、あなたにお願いしたいことがあるの」

「『憲法記念日』の頼み事なら何でもきくよ」

 たとえ、世界を滅ぼすことになろうとも。

「ありがとう。では直入に──藤原道真をあなたのそばに居させてあげてはくれないかしら」

 などという意気込みはあったが、それでも内容は金治の意外をついた。

「どういうこと?」

「今は抑えられても、また別の人間が道真を蘇らせてしまうかもしれない。道真が使う『天災』はあまりにも強すぎるから。できることなら彼の心を救ったほうがいいのよ」

「いや、だけど

「メリットならちゃんとあるわ。だって、藤原道真は『学問の神様』として崇められているのだから」

『憲法記念日』は片目をウインクしながら人差し指で示す。

「学問よ、学問。これがどういうことを示すか言うまでもないでしょう?」

 金治の身体に電撃が走る。それはもう鳥肌のごとくビビビビビっと。

「つまり、勉強ができるように、なる?」

「そゆこと。ゴールデンウイークだって多少は学校の宿題が出るでしょう? それを紙切れ同然に処理できるわ。ついでといってはなんだけど、夏休みや冬休みも想うがまま。貴方にとっての新たな道が切り開かれていくかもしれない」

 ぽんっ、と彼女に背中を叩かれる。門出を祝福されているかのよう。

「おいらも、それ、いいとおもう」

 何度目か分からない。頼もしい手が金治の肩におかれた。

「ごーるでん、すきなら、どこまでもすすむ、それが、きんじ」

「そうだねぇ。それこそだれもが喜ぶハッピーエンドかもしれないね」

『みどりの日』が心に火が灯るような、温かい笑みでこちらを見る。

「お前さんならやれる。なにせ私ら神を助けてくれた偉大な男さね。できないことはない」

 すると、倒れていた康正が意識を取り戻した。

「康兄!」

「わりぃな。迷惑かけた。でも俺の力になってくれるんだろ? 道はもう決まっているはずだ」

 そして、そして、菅原道真が言う。

「私を助けると言うのか?」

「金治ならそうする」

「うっす」

「だねぇ」

 みんなの眼差しを受けて、道真はわずかに視線を下げつつも言葉を紡ぐ。

「たしかに、力でどうにもならぬ以上、一つ一つ積み重ねてこの世を少しずつ良くしていくしかあるまい。これからはそれが私にとっての復讐になるか。必要としてくれるならばこの少年の力になろう」

 そうか、と金治は思った。

 みんなにそれぞれの意思があって、これから先を見据えて、次のステージを目指している。すごいと思う。さすが神様。さすが歴史に名を残した人。さすがは兄貴分。

 無意識のうちに涙がこぼれてきた。心を揺さぶられるあまり、胸がきゅっと引き締まる。

 遠慮はいらない。その想いを、ただただ言葉に乗せてぶちまけよう。

 金治はにこっと満面の笑みを浮かべた。

 世界の中心かもしれない場所で、全力で思いの丈を──

「いや、全力でお断りしますが。何言ってんのみんな」

「「「」」」

 沈黙。

 それはもう、沈黙。五月なのに木枯らしとか吹いた。ころころと見事に転がった。

「ちょっと金治! なんで断るの! らしくなさすぎるわよ! ゴールデンウイークの宿題が消えるのよ!?」

「うっす。うっすうっす」

「疲れて頭がおかしくなったのかい?」

 あげく神様たちに責められて、金治はどうしようもなくため息をついた。

「そもそも僕、ゴールデンウイークの宿題が嫌だなんて言った記憶ないけど。やりきった後の解放感とか○○するレベルだし」

「え?」

「ゴールデンウイークの宿題は少ないからね。あ、『勉強する』とは一言も言ってないよ。『宿題は埋める』ものだよね!」

「うっす

「誰もが喜ぶハッピーエンドとか興味ないよ。ゴールデンウイーク以外はみんな滅んでいいって何度か言ってるよね? あれ言ってない? なんにせよ男らしいでしょ!」

うむぅ」

「あっ、安心してね。康兄の彼女さんは作ってあげるからね」

「ああ、それは頼むわ」

「ってか『学問の神様』とか僕には合わなすぎるから、多分そばにいたら拒絶反応おこして死んじゃうよ」

「そこまでなのかぁ!?」

 人生は何が起こるか分からないから面白い。

 一方で、人の心は変わらない。

 なんか最後は締まらなかったし、道真の問題をどうにかしなければならないけど、最終的には、怒涛のゴールデンウイーク初日は一応の収束を見せたのだった。

   *

 そして、ゴールデンウイークの騒動から一か月が過ぎて。

「ねぇ康兄。どうしてゴールデンウイークって世間に存在するんだろうね。空気みたいに自覚できない無意識領域に至るべきだと思わない? そうすれば休日が永遠になるのに」

「本音を言おう。知るかそんなの」

「康兄が冷たい」

「とっとと新しい女の子紹介しろ」

「昨日紹介したじゃん。白くて綺麗で可愛い雌のチワワ」

「犬じゃねぇ!!」

「癒しが大切なのは事実じゃん。それに菅原道真が憑りついたことで仕事も少しは楽になったんでしょう?」

 そう。金治は最終的に道真を康正に押しつけもとい、託した。

 変わらず康正に憑りついた道真は、時折仕事に関してアドバイスをしてくれるらしい。道真にも色々と考えがあるらしく、全部引き受けてくれる訳ではないらしいが。

 それでもぶつくさ言っている康正を横目に見て、金治は苦笑する。

 そして、倒壊したスカイツリーが元に戻った時のこと──『ゴールデンウイークの神様』のことを思い出していた。

   *

『みどりの日』が言った。

「さて、一件落着してしまったところで、東京を修復せねばならないね」

「できるの?」

「ゴールデンウイークの力を使えばね。そもそも私たちは、ゴールデンウイークを司る神が、分かたれた姿なのよ」

「うっす!」

 言うや否や、『憲法記念日』『こどもの日』『みどりの日』が光を放ち始めた。

 各々の光は収束し、やがて弾ける。

 そして、新たにそこに現れたのは。

 人間ひとり分のサイズに至る大きな金の時計。そして、その上にちょこんと乗っているこれまた小さな女の子だった。

「これが私の真の姿なのだ! えっへん!」

 黄金の果実のように輝く髪、そこから水か流れるように映える黄色のワンピース。

 巨大な金の時計には1~5までの数字しかない。一つしかない針は1の数字を指している。きっとこの時計は、ゴールデンウイークの日にちを表している。

「ロリじゃなければ、結婚してたかもしれないね!」

「ふふふ。十年後をお楽しみに」

「冗談だよ。僕と君の絆は、そういう次元を超えている」

「あらら、ふられちゃったよ。ざーんねん」

『ゴールデンウイーク』はくるっと身を翻す。ついでに時計もくるっと回る。

「ゴールデンウィークとしての力を全部使うの。そうすればあらふしぎ。こわれた東京は何一つなかったことになる! ついでに今回の記憶も消える。パーフェクト!」

「僕の記憶まで消したらこの世の果てまで呪い続けるからね」

「あはは。分かってるよー」

また来年会えるの?」

「むしろ会えないと思っているの?」

 にひひ、と『ゴールデンウィーク』はとても楽しそうだ。つられて金治も笑ってしまう。

 特に感動的な別れはなかった。必要もなかった。

 ありがとっ! という言葉を残して、世界は『ゴールデンウイーク』に包まれた。

   *

 で、一か月後の現在に至る。

 金治はなんやかんや苦労しつつも、やはり己が信念のままに生きている。

 だから、康正に言うのだ。

「明日の土曜日は珍しく休みだったよね。じゃあ、紹介したい女の子がいるから」

「ほう? ちゃんと動いてくれるところは素直に感謝してるんだぜ。で、詳細は?」

 親指をたてて、『ゴールデンウイーク』のような無邪気な顔で。

「この前、公園で宿題わすれて泣いている女の子に出会ったから、『奥義』を授けてあげたんだ。見た目が少しだけ『ゴールデンウイーク』に似ていてさ。仲良くなったから紹介してあげる」

「歳は?」

「九才。ランドセルを背負っている姿が、時計に乗っていた『ゴールデンウイーク』とかぶっててさぁ」

「ゴールデンウイークごと滅べ愚弟が!!」

 彼のゴールデンウイークへの歩みは続く。